現代フレンチの源流 ヌーベルキュイジーヌとは?

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現代フレンチの源流ヌーベルキュイジーヌとは?その特徴である10の形式や、確立された歴史を解説。古典的なフランス料理との違いを和食・日本料理の影響と共に説明し、後半では国内でヌーベルキュイジーヌを楽しめるフランス料理店を紹介します

現在私たちが楽しむフランス料理の源流と言われるヌーベルキュイジーヌ。

このヌーベルキュイジーヌが日本料理、いわゆる和食の影響を多大に受けているということをご存じでしたか?

今回の記事ではそんなヌーベルキュイジーヌの意味や歴史、成立した時代背景などを徹底解説。

古典的、伝統的なフランス料理へのアンチテーゼとして、日本料理の食材、手法なども取り入れながら確立されたその過程を説明し、後半では日本国内でヌーベルキュイジーヌを楽しめるフレンチの名店をご紹介していきます。

どうぞ最後までお付き合いください。

ヌーベルキュイジーヌとは?

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ヌーベルキュイジーヌの意味

ヌーベルキュイジーヌとはフランス語で「新しい料理」を意味する、調理法・スタイルの一つです。

この言葉は1970年代初頭にフランスの料理評論家、アンリ・ゴーとクリスチャン・ミヨーが出版するレストランガイド『ゴー・ミヨ』の中で造語として紹介され、一般的に広まりました。

1960~1970年代当時、フランスではそれまでのこってりした味付けの伝統的フランス料理に代わり、食材の持つ自然な風味や質感、色を重視した、軽く繊細なスタイルが用いられるようになっていました。

そこで「今までの伝統的なフランス料理とは異なる新しい料理スタイル」としてヌーベルキュイジーヌという新しい言葉が用いられたのです。

伝統的な高級フランス料理オートキュイジーヌとの違い

フランスの伝統的高級料理を「オートキュイジーヌ」といいます。

1900年頃にフランス人シェフ オーギュスト・エスコフィエがそれまでの宮廷料理などを集大成し、洗練。スタンダードとして確立させました。

このエスコフィエが確立したオートキュイジーヌは現代でもフランス料理の基礎とされており、その著書『料理の手引き』はバイブル化されているのですが、元々宮廷料理を一般化したもののため、濃厚でこってりしたソース料理が主体の、いわゆる「重い」料理だったのです。

またオートキュイジーヌがあまりにも良くできた料理体系だったため、料理人達の自由な発想を制限してしまう大きな壁、殻のような存在になってしまいました。

そこに現れた新しいムーブメントがヌーベルキュイジーヌです。

素材の自然な味を重視し、脂や塩分を抑えた身体に良い料理方法は、オートキュイジーヌの「部分的否定」といえるものでした。

また盛り付けにも徹底的にこだわり、大きな器に斬新な食材を少量盛り付けるといった手法は、それまでの「料理」を「芸術」の域にまで高めたという違いがあります。

日本料理の影響を受けたヌーベルキュイジーヌ

印象派のが画家に北斎などの浮世絵が影響を与えたのと同様に、ヌーベルキュイジーヌの確立に大きな影響を与えたのは日本料理、いわゆる和食でした。

バターやクリームを使用したソースが素材を覆うそれまでのフランス料理から、現代の健康志向の生活スタイルに合わせ、より軽やかに、そして魅せる盛り付けに、という流れのヒントになったのは和食の手法と和の食材。

昆布と鰹節で取った出汁、醤油、わさび、柚子といった調味料など、それまでフランス人が知り得なかった新しい味や香りと、食材を「魅せ」、そして彩る器を使った和食は「引き算の料理」ともいうべきもので、素材やソースを何層にも重ねていく「足し算の料理」である従来のフランス料理に多大な影響を与えたのです。

ヌーベルキュイジーヌの形式

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ヌーベルキュイジーヌを定義づけたアンリ・ゴーとクリスチャン・ミヨーによると、ヌーベルキュイジーヌには次の10の形式(特徴)があるとされています。

ヌーベルキュイジーヌ10の形式

  1. 料理を過度に複雑化することをやめる

    上でも説明したとおり、オートキュイジーヌ時代のフランス料理は足し算の料理でした。

    そのため調理工程が過度に複雑化されてしまったのです。

    その反省として、ヌーベルキュイジーヌではできるだけシンプルにすることを目指しました。

  2. 加熱時間を短縮し、素材の新鮮さを生かす

    それまでのフランス料理では、下ごしらえに2~3日かけることも珍しくありませんでした。

    しかしそれでは素材の持っている本来の味が失われてしまいます。

    そこでヌーベルキュイジーヌでは加熱調理時間を短縮。自然の味を残すことを心がけました。

    そのため蒸し料理が多いことも特徴となっています。

  3. できるだけ新鮮な素材を使う

    ヌーベルキュイジーヌが提唱された1970年代になると、流通が発展し新鮮な素材が市場に並ぶようになりました。

    特に新鮮な魚介類の供給は、フランス料理に多大な影響を与えます。

    それまで毎日決められた素材を仕込み料理作る日々から、まず市場に行って自分の気に入った食材を選び、それを元に料理を考えるという大変革が起こったのです。

  4. 料理をシンプルにしてメニューを減らす

    新鮮な素材をシンプルな方法で調理するという発想は、1皿1皿の料理だけではなく、メニューの簡素化にも影響を与えました。

    それまでの飾り付けられた大皿料理が連続するメニュー構成は重すぎたのです。

    ここにも「引き算の料理」という考え方が活きています。

  5. 肉などに施す過度なマリネや熟成をやめる

    それまでのフランス料理では、肉などの素材を長時間濃い味でマリネしたり、フザンダージュと呼ばれるギリギリまで肉を熟成させる方法が採られていました。

    これは鮮度の良くない食材を美味しく食べるための手段でもあったのですが、素材本来の味を引き出すという考え方とは相反するものです。

    ちょうど流通発展のおかげで新鮮な素材が手に入るようになったこともあり、過度なマリネや熟成は姿を消していきました。

  6. 濃くて重いソースではなく、脂肪分を控えた軽いソースを用いる

    ソースが主役と言われるフランス料理ですが、それまではソースにとろみを付けるために小麦粉とバターを使用したルーを用いていました。

    しかしヌーベルキュイジーヌでは、野菜や果物のピューレでとろみを付け、脂肪分を控えた軽いソースを用いるようになります。

  7. 郷土料理を見直し、取り入れる

    エスコフィエが確立したオートキュイジーヌは、宮廷料理を一般向けに再構築したものです。

    そのためどうしても重厚な味付けが中心となり、華美でメニュー数も多いものとなっていたのです。

    しかしフランスでも地方に目を向けると、例えば魚介類の豊富な南仏地方では、イタリア料理と共通の「素材を活かしたシンプルな調理法」が存在します。

    そこでヌーベルキュイジーヌでは、そうした郷土料理を見直し、積極的に取り入れることにしたのです。

  8. 新しい調理技法を取り入れる

    食材の持つ本来の味を活かし、シンプルな料理を作るため、ヌーベルキュイジーヌでは新しい調理技法や器具も積極的に取り入れていきます。

    ヌーベルキュイジーヌの旗手と言われるポール・ボキューズなどは、それまでのフランス料理では考えられなかった電子レンジさえ利用しているのです。

  9. 顧客の食のニーズに応える

    旧来のフランス料理では、顧客は「シェフの作った料理を大人しくいただく」といったことが当たり前でした。

    しかしヌーベルキュイジーヌでは、顧客の食に対するニーズに耳を傾け、それに応えることに努力するようになったのです。

    具体的には世界的な健康志向に応えるため、ダイエットを考慮した料理を編み出したり、中国の薬膳料理を研究して「身体に良い料理」を造り出したりしました。

  10. 料理の創造性を追求する

    オートキュイジーヌがあまりにも完成されたものだったため、それまでの料理人は「新しい料理を造る」といった創造性を失っていました。

    そこでヌーベルキュイジーヌでは、絶えず創作意欲を燃やすことに注力。

    食材の独創的な組み合わせを考えたり、和食を参考とした簡潔で洗練された盛り付けを工夫したのです。

ヌーベルキュイジーヌの歴史

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きっかけは第二次世界大戦

ヌーベルキュイジーヌの流れが始まったきっかけは、第二次世界大戦中ナチスドイツにフランスが占領され、食料統制が行われたためだと言われています。

肉などの供給が不足し、オートキュイジーヌで用いられるような重厚な調理法や華美な装飾などができなくなったわけです。

1970年代に提唱される

やむにやまれず始まったヌーベルキュイジーヌへの流れですが、1960年代になり、自動車での移動が一般化することがそれに拍車をかけます。

1つは、これまでは厨房で食材が届くのを待っていたシェフ達が、自動車に乗って自ら市場に出かけ食材を吟味し、そのまま持ち帰ることができるようになったこと。

そしてもう一つは一般人が自動車で移動するようになったことで「運動不足」に陥り、ダイエットなど、健康に気を遣った食生活を送らなければならなくなったことです。

このような流れの中1960年代の終わりには、ポール・ボキューズ、ミシェル・ゲラール、クロード・ペロ、トロワグロ兄弟といった錚々たるシェフ達がヌーベルキュイジーヌのスタイルを確立します。

そして決定的となったのは1970年10月に刊行されたレストランガイド『ゴー・ミヨ』。

この中で1960年代からのフランス料理界の風潮を「ヌーベルキュイジーヌ」とネーミングしたことにより、この流れは一般化し、その後世界中に広まっていったのです。

1980年代には新しいスタイルが誕生

その後1980年代になると、バターや伝統的なソースの重要性が再確認され、オートキュイジーヌまでのフランス料理の伝統技法を土台としながら、新しい調理技法を融合させる「キュイジーヌ・モデルヌ」というスタイルが提唱されます。

ジョエル・ロブション、アラン・デュカス、ピエール・ガニェールといった世界的に有名なシェフ達によって、この流れは今日までの世界の主流となるのです。

しかしこれはヌーベルキュイジーヌというスタイルが廃れたというわけではありません。

現在のキュイジーヌ・モデルヌの調理法、出汁の取り方、ソースの作り方、盛り付けの仕方など様々なところでヌーベルキュイジーヌの影響は確実に残っており、もはやフランス料理のスタンダードになったと言っても過言ではありません。

ヌーベルキュイジーヌを楽しめるフランス料理店

代官山 メゾン ポール・ボキューズ

ヌーベルキュイジーヌの旗手筆頭 ポール・ボキューズの日本総本山

フランス・リヨン郊外で1965年以来50年以上にわたってミシュランの三ツ星に輝き続ける「ポール・ボキューズ」。

そのシェフであり、ヌーベルキュイジーヌを代表する存在のポール・ボキューズ氏の味をそのまま再現するのがこの「メゾン ポール・ボキューズ」です。

伝説のスペシャリテであるトリュフスープを始めとした至高の料理の数々を楽しむことができます。

代官山 メゾンポール・ボキューズのオフィシャルホームページ )

銀座 レカン

1974年創業 日本を代表するグランメゾン

歴代の総料理長は現在『シェ・イノ』のオーナーである井上旭氏(2代目)を始めとする錚々たる顔ぶれ。

井上氏は3代目総料理長の城悦男氏とともにフランス修行でヌーベルキュイジーヌの洗礼を身体心から浴びてきた人物です。

そしてそんなレカンの卒業生達は、現在のフランス料理界を支えていると言っても良いほどの影響力を持っています。

ビル建て替えによる2年以上にわたる休店を経て2017年6月にグランドオープンした現在も、「10年前に1度だけ訪れたお客様のお顔も忘れない」と言われる究極のホスピタリティとともに、正統派フレンチを楽しむことができます。

銀座 レカンのオフィシャルホームページ

新宿 キュイジーヌミッシェル・トロワグロ

トロワグロ兄弟直系の味を日本で味わう

ヌーベルキュイジーヌの旗手と言われたトロワグロ兄弟が率いたレストラン「トロワグロ」。

ポール・ボキューズと同じく、ミシュランの三ツ星に50年以上も輝き続けています。

現在は弟のピエール・トロワグロの息子、ミシェル・トロワグロがオーナーシェフを務めていますが、そのミシェルの名を冠した、フランス以外唯一の支店がこの「キュイジーヌ ミッシェル・トロワグロ」なのです。

このキュイジーヌ ミッシェル・トロワグロも2007年以降、12年連続でミシュランガイド東京の二ツ星を獲得。

ヌーベルキュイジーヌの旗手直系の味を日本の新宿で味わうことが可能です。

新宿 キュイジーヌミッシェル・トロワグロのオフィシャルホームページ

まとめ 和食の影響を多大に受けたヌーベルキュイジーヌは日本人に馴染みやすい

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現代フレンチの頂点の一つであるジュエル・ロブションは古典的なフランス料理へ回帰した「キュイジーヌ・モデルヌ」の代表格とされていますが、盛り付けの仕方をよく見ると、ヌーベルキュイジーヌ、そしてそれに影響を与えた和食の様子が見て取れます。

このように現代フレンチ、そしてその源流となっているヌーベルキュイジーヌには日本料理の血が流れており、そのため私たち日本人にも、どこか懐かしい、どこか親しみやすいという感じを抱かせるのかもしれません。

上で紹介した名店でヌーベルキュイジーヌの逸品を堪能しながら、そんな歴史に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。